竹宮神社

神社紹介 - 境内案内

竹宮神社

村社 竹宮神社

竹宮神社
(県道から神社を正面に見る)

 竹宮神社の境内を紹介します。

 竹宮神社は、田畑に囲まれた山の斜面を
上・中・下段の3段に整地して築かれています。

 祭りや年末・年始に訪れる方も、
普段あまり気にかけていない場所が
有るかも知れません。
 もしここで気になる場所が見つかれば、
次に参拝される際に、足を止めてみて下さい。

鳥居

明神鳥居

 正面から向かって右側の柱裏には、
「竹宮大明神御廣前」と記されています。
神社の名前でもある「竹宮大明神」とは、
どのような神様なのか不明。
 左側の柱裏には、
「寶暦十庚辰年十一月吉祥日惣氏子建之」
「昭和五十三年十二月吉日改築」
と記されています。
1760年に建てられ、
1978年の改築であることが分かります。

鳥居
(神社手前の橋を渡ると鳥居が目に入る)

手水舎

井戸と盥盤

手水舎
(井戸から水を汲んで、盥盤に水を入れる・・・)

 鳥居の横に、手水舎があります。
湧水でもなく備え付けのバケツで
井戸から水を汲まないといけないので、
必要なさそうですが、立派な盥盤があります。

この盥盤には、
「天保四癸年巳二月吉日」
と記されていますので、1833年製です。

石段1

鳥居から下段へ

 鳥居をくぐるとすぐに石段があり、石段を登ると下段境内広場が広がっています。

鳥居から下段
(鳥居下から石段を見上げる)

下段から鳥居
(境内広場から鳥居を見下ろす)

石段2

下段から中段へ

 境内広場には、秋祭りに南山田・北山田・西山田の3屋台が入ります。
石垣中央の石段を登ると、中段には2基の燈籠と拝殿(割拝殿)があります。

下段から中段
(境内広場から中段拝殿を見上げる)

中段から下段
(中段から境内広場を見下ろす)

 この石段の親柱の文字は、他の石段よりも比較的読みやすい。
鳥居よりも5年ほど早く整備されたようです。(下の石段もおそらく同じ年に整備され、同じ年に再築。)

中段から下段
(左親柱:「再築 大正四年 四月」)
(*「年」は本字「禾」+「千」)

下段から中段
(右親柱:「寶暦五年亥九月 願主 喜左衛門」)

拝殿

割拝殿と絵馬

 中段には、瓦葺入母屋造りの拝殿があります。
中央が通路になっていて、
左右に床間のある割拝殿となっています。
拝殿中央に掲げられた記録から、
昭和25年に建築されたことが分かります。
 以前は沢山の絵馬が奉納され、
絵馬堂のようになっていましたが、
しばらく何も掲げられなくなっていました。
 平成22年に古い絵馬が見つかったことから、
新たに額を製作し、再び掲げられています。

拝殿
(中段西側から拝殿)

拝殿
拝殿

絵馬
(拝殿内の絵馬)

石段3

中段から上段へ

 拝殿中央を通過すると、3つ目の急な石段に差しかかります。
平成20年の改修で手摺りが取り付けられ、修復もされましたが、
ここを乗り子を肩車して登るのは、やはり辛い。

中段から上段
(拝殿から上段幣殿を見上げる)

上段から中段
(上段から拝殿を見下ろす)

狛犬

石製狛犬

 上段にあがると一対の狛犬が出迎えます。
東側が阿形、西側が吽形となっていて、
右側台座に「大正四年十一月」
左側台座に「山口傳重郎」
と記されています。

狛犬
(幣殿前の狛犬)

本殿幣殿

幣殿外観

本殿幣殿
(西側から幣殿)

 幣殿は瓦葺入母屋造りですが、
屋根は二重の造りとなっています。
正面は唐破風が突き出た形となっており、
そこが参拝場所になっています。

本殿外観

 本殿は銅板葺入母屋造りですが、古い記録では檜皮葺となっています。
檜皮葺の周りを銅板で覆っているようにも見えます。
 屋根の形状は、日吉造りのように正面・左右に庇が付いています。
推測ですが、日吉大社の祭神 大山咋神(=山王権現)と、当神社祭神 三野権現が同じであれば、
それに由来しているのかも知れません。
 当神社の主祭神は、古くから天照皇大神とされていますが、千木は外削ぎ(先端を地面に対して垂直に削る)
鰹木は5本(奇数)であり、(当神社にも豊受大神は祀られていますが)伊勢神宮外宮の様式となっています。
また千木が鰹木と同数の5つある珍しい造りとなっています。

本殿幣殿
(東側から本殿幣殿)

本殿
(背後の山から本殿)

 本殿脇障子には、虎の彫刻が施されています。
狛犬とは違い、こちらは西側が阿形、東側が吽形となっています。

阿形の虎
(本殿西側、阿形の虎)

吽形の虎
(本殿東側、吽形の虎)

随身門

 幣殿正面随身門には、左右に一体ずつ武人像が安置されています。
どちらも弓を構え、祭神を守っています。

本殿幣殿
(西側随身)

本殿
(東側随身)

幣殿内観

 幣殿は手前が10畳の畳敷きと物置、
2段上がって奥が板敷となっています。
本殿へは階段状の祭壇でつながっています。

幣殿
(祭壇と本殿)

記念碑

玉垣改修記念碑

 上段西側には、玉垣改修記念碑が2つあります。
一つはまだ記憶に新しい、平成20年(2009年)の改修記念碑。
 もう一つは、傷みが激しく、字体が読み難いですが、「瑞垣記念碑」と書いてあるのでしょうか?
裏には「大正十一年十月」とありますので、前回の改修が1922年だったことが分かります。

記念碑
(平成期改修記念碑)

記念碑
(大正期改修記念碑)

摂末社

天照皇大神宮

 本殿西側に天照皇大神宮があります。
以前は木柱でしたが、
平成20年の玉垣改修時に石柱となりました。
 しかし本殿の主祭神は、天照皇大神です。
なぜ別に祀られているのでしょうか?
 元々別の場所に祀られていたのを
移転したものとも言われていますが、
なぜ本殿に合祀されないのでしょう?
もしかすると荒魂と和魂を
分けて祀っているのでしょうか?

天照皇大神宮
(天照皇大神宮)

若宮八幡宮

若宮八幡宮
(若宮八幡宮)

 本殿東側には、若宮八幡宮があります。
本殿祭神の若宮という訳ではなく、
明治42年(1909年)に字若宮から
移転された神社です。
(この神社があったから字若宮なのでしょう)
 大正4年(1915年)には、境内神社である
天満神社・八幡神社・春日神社が
合祀されていますので、
祭神は、八幡大神・天児屋根命・経津主命
武甕槌命・菅原道真・姫大神とされています。

愛宕神社

 若宮八幡宮の西側には、愛宕神社があります。
字大谷1352番地の3から
明治43年(1910年)に移転された神社です。
 字大谷の隣には、字愛宕山の地名の付いた
山がありますので、元々この山を中心として
村の防火を祈った神社だと思われます。
 大正4年(1915年)には、境内神社である
出雲神社が合祀されていますので、
祭神は、迦具土神・大国主命とされています。

愛宕神社
(愛宕神社)

石塚稲荷神社

石塚稲荷神社
(石塚稲荷神社)

 愛宕神社の西側には、石塚稲荷神社があります。
昭和63年(1988年)に遷座された神社です。
 祭神は倉稲魂命ですが、大正9年(1920年)に
石塚稲荷を本殿に合祀したという記録もあります。
この神社を元々お祀りしていた場所に、
再度遷座したという事になるのでしょうか?